Twitterフォロワー数No1芸人「有吉弘行」

2020年6月14日

Profile

1974年5月31日生まれ、広島県安芸郡熊野町出身。太田プロダクション所属。1992年12月オール巨人に弟子入り。しかし兄弟弟子と喧嘩をして相手に怪我を負わせてしまい巨人から謹慎を言い渡される。その後無断で巨人の元を離れた有吉は地元の同級生を誘い2人で上京ー1998年お笑いコンビ「猿岩石」を結成する。


 1996年「進め、電波少年」でヒッチハイクの旅企画でブレイク。同時期CDや著書が爆発的に売れスターダムに上り詰める。しかしながら肝心のお笑いで結果を残すことができず、ほどなくして人気は低迷、仕事が激減不遇の時期を過ごす。その後、猿岩石を解散。ピン芸人としての活動を始める。

 雨上がり決死隊の「アメトーク」で品川庄司の品川に対し「おしゃべりクソ野郎」とあだ名付けしこれがバカ受けする。このことが契機となり毒舌あだ名芸人として再ブレイクを果たすことになる。

広告塔芸人「有吉弘行」

 2010年2月15日よりスタートしたTwitterは2012年11月末にはフォロワー数が当時首位だったソフトバンクの孫正義社長を抜いて日本人としては1位となる。2019年4月現在フォロワー数は7,000,000人を超え依然として日本人1位の地位をキープしている。ちなみに2位はダウンタウンの松本人志。フォロワー数は6,100,000人である。


 芸人としての人気がフォロワー数と比例していないーつまりは有吉のフォロワー数だけが爆発的な伸びを示していると言う事は大変興味深い。

 有吉の毒舌辛口コメントと言う芸風とTwitterのつぶやき機能が幸運なマッチングを果たした結果なんだろうなと思う。

 有吉の爆発的というか奇跡的なフォロワー数の伸びの理由はよくわからないが、有吉の現在のテレビタレントとしての地位は、この「7,000,000人のフォロワー数を持っていたことが要因の1つ」であることは間違いないだろう。

  なぜなら有吉がTwitterで一言つぶやくごとに7,000,000人のフォロワーたちにリアルタイムで(しかも無料で!)パーソナルなコミュニケーションを図ることができるのだ。これほど強力な番組宣伝のツールはない。(実際に有吉のつぶやきには番宣めいたものも少なくない。)このことは番組の制作者サイドとしては有吉を使い続ける大きなインセンティブとなるだろう。

 そしてもう一つの特徴として芸人仲間の写真や動画の投稿も数多く見られるところである。有吉のTwitterに登場することは、人気商売である芸人にとってとってもおいしいことであるに違いない。

 このように、番組の製作者と共演者たちに強い信頼感と影響力を持った存在として有吉は自らが番組の「広告塔かつ出演者」いわば「広告塔芸人」となる独自のポジションを獲得するに成功する。

 浮き沈みの激しい芸能界で人間不信に陥り、一時は自死することさえ頭をよぎったという人見知り芸人「有吉弘行」は、ツィッターと出会い、強力な広告機能を持ったタレントとして「視聴率を稼ぎ続けるインフルエンサー芸人」へと進化を遂げたのだ。