生徒の点数は教師がつけるけど、教師の点数はだれがつけるの?

2020年6月14日

 先日、2019年度の全国学力テストの結果が発表されました。
 小学校国語で全国最下位であった大阪市。
 
 その結果に 激怒した大阪府の吉村知事は夏のボーナスを返上すると表明する伴に 今後、学校長の給料に対して成績による成果制度の導入を示唆。

 この事態に、盟友の松井一郎大阪市長は「あまりむきになると子供たちにプレッシャーになる」と否定的見解を示す。

 さて、「市長のボーナスのことを気にする小中学生がはたして存在するのか」という気がするこのニュースですが、学校教育(特に公教育)を考え直すいい機会を与えてくれているかのしれません。

参考文献 「学力」の経済学 中室牧子 (Discover 21)

全国学力テストに意味あるのか?

 吉村大阪市長がボーナス返上する騒ぎにもなった「全国学力テスト」ですが、ある教育の専門家達からは、特定の学校や教師の教育力を計る指標としてはあまり意味がないものと言われています。
 
 なぜなら、学力テストの点数を左右する要因としては「学校教育の質」よりも「本人の家庭環境」と「遺伝」による比重が高いことが科学的根拠のあるデータとして示されているからです。

    つまり都道府県別の全国学力テストの順位と言うのは学校教育の順位と言うよりもその地域の子供の「家庭環境と遺伝」による学力の差を示しているに過ぎないと言う訳です。

 しかも、この全国学力テストは公立の小・中学校を対象としており、基本的に私学は対象外になりますので、東京や神奈川などの都心部の私学進学率の高い地域は相対的にランキングは低くなる傾向があります。
 
 全国学力テスト=「学校教育力」のランキングではなく正確には、全国学力テスト=「遺伝」+「家庭環境」+「学校教育力」のランキングであるととらえるべきなのです。

 また、この公式をみて各要素の比重割合が気になるとこだと思いますが、これも研究調査の結果が次のように示されています。
「遺伝 35%」「家庭環境 34%」「学校教育等 30%」
 
 この事実を裏付けるように、全国学力テストと同時期に実施された「学習状況調査」によると「家庭環境」の状況を示す「毎日、同じ時間に起きていますか?」「毎日、同じ時間に寝てますか?」や「読書は好きですか?」「新聞は読みますか?」等の質問に対して、学力テストの順位と正の相関関係が認められています。
 
 以上のことを踏まえると、学力テストの結果を学校長や教師の能力と紐づけて「報酬を増減」するという行為には無理があると言わざるを得ません。端的に言うと「学力は学校だけでは決まらないもの」だからです。
 
 しかしながら、学力テストの結果を首長の責任だと捉え自分のボーナスを返上した吉村大阪市長の意気込みは評価したいと思います。なぜなら 「学力は学校だけでは決まらないもの」ではあるが「学力の3割は学校で決められる」可能性があるからです。

 子どもの教育には、行政には行政の責任があり、家庭には家庭の責任があるわけですから、それぞれが自分の立場で出来ることを一生懸命に取り組むという姿勢が必要です。
 
 問題は評価する指標です。何を基準に学校の教育力を評価するのかという事ですね。
 
 「各学校ごとの教育の力」もっと細分化するならば「個々の教員の教育の力」を評価する指標がないことには各学校そして各教員の成果に基づく公正な評価はできないのです。

2019年度全国学力テスト正答率ランキング

 順位都道府県名正答率
 1秋田県69.33%
 1石川県69.33%
 3福井県68.92%
 4富山県67.25%
 5東京都66.25%
 6青森県65.75%
 7愛媛県65.58%
 8山口県65.42%
 9静岡県65.25%
 10大分県65.17%
 10京都府65.17%
 10広島県65.17%
 13新潟県65.00%
 14茨城県64.83%
 15香川県64.58%
 16兵庫県64.42%
 17群馬県64.17%
 17岐阜県64.17%
 19三重県64.08%
 20福岡県63.83%
 20埼玉県63.83%
 20神奈川県63.83%
 23山梨県63.67%
 23長野県63.67%
 23長崎県63.67%
 26岩手県63.58%
 27山形県63.42%
 27鳥取県63.42%
 27岡山県63.42%
 27栃木県63.42%
 31千葉県63.25%
 32和歌山県63.17%
 32高知県63.17%
 34愛知県63.00%
 34徳島県63.00%
 36宮崎県62.83%
 37鹿児島県62.75%
 38奈良県62.67%
 39福島県62.58%
 39宮城県62.58%
 41沖縄県62.50%
 42北海道62.42%
 43佐賀県62.33%
 44島根県62.25%
 44熊本県62.25%
 46大阪府62.17%
 47滋賀県61.83%

教員を採点する「付加価値評価モデル」

  それぞれの「教員の教育の力」を測定しようとすると、例えばその教員が「担当したクラスの学力テストの平均点をカウントしてゆく」という方法が考えられます。
 しかし、それでは元々頭の良い子ども達をより多く受け持った教員が有利になるだけになる可能性があります。
 
 それでは、その教員が担当した子供たちが「その教員が教えた結果それ以前よりどれくらい点数が伸びたのか?」例えば学力テストで前年度算数が50点だった子どもがその教員が算数を教えた結果、今年は80点になれば+30点はその教員が教えた成果と捉えられるでしょう。

 勿論、現実的にはその子供が「塾に通い始めた」とか「本人のやる気が向上した」など個々に色んな要因が重なり合っているのでしょうが、単に担当クラスの平均点で評価するよりも「成績の伸び率」で評価するほうが担当教員の力量を計るための信憑性は高いと言えるでしょう。

 一人ひとりの生徒の学力テスト毎の点数をデータベース化し各教科の点数の変動とその間に受け持った教師の名前を紐付けるー。「そんな手間の掛かること誰がするのか?」という声が聞こえてきそうですが、実はアメリカのカリフォルニア州で 「付加価値評価モデル」として 既に導入されています。

    この付加価値評価モデルでは教員の担当した子供の成績の変化を経済学の専門用語で「付加価値」と呼びます。

   カリフォルニア州の「ロサンゼルスタイムス」のウェブサイトでは、ある教員の名前を入力するとその教員がどの学校のどの学年を担当していたかという情報が表示されます。   
 
 さらに、その教員が担当していた子供たちの標準テストの結果から算出された付加価値とその教員がカリフォルニア州全体でどのぐらいの位置にいるのかという事までもが示されるのです。

  その教師がどれぐらい子供の点数を伸ばしたのかと言うデーターベースが作成され「その教師の教える力の順位及び偏差値」がインターネットを通じて世間一般に公開されています。

  つまり、「教師の教える力」が付加価値評価システムにより公正かつ明白に採点されているという訳です。

「如何にして生徒の点数を伸ばしたか?」が 教員の質を決める!

 教員に対して公正かつエビデンスに基づく評価がなされずブラックボックス化している日本の特に公教育の現場しか知らない我々にとって、この付加価値評価システムは「そこまでやっても大丈夫なのか」と他国のことながら心配になる位の明快さですが、その評価方法についてはいろんな議論があり、例えば「付加価値が高いからといって教員の質が高いと判断して良いものなのか」「単に子供の学力を上げるだけで子供たちを本当の意味で成功に導いているのか」等々の議論があったようです。

 しかしこれらの論争にも、アメリカでは科学的なエビデンスに基づく結論が示されています。
 結論としては「教員の質はいかに生徒の付加価値を上げられるかにかかっている」という当たり前のものでした。

 ハーバード大学のチャリティー教授の研究グループは全米の大都市圏の学校に通う100万人もの小中学生のデータと納税者記録の過去20年間分のデータを用いて付加価値が教員の質の因果関係をとらえるのに、極めてバイアスの少ない方法である明らかにしました。
 さらに質の高い教員は、ただ単に子供の学力を上昇させていることにとどまらず「10代で望まない妊娠をする確率を下げる」「大学進学率を高める」「将来の収入を高める」ことに寄与しているという事実を明らかにしました。

 つまり生徒の点数を伸ばすことがその生徒の将来の幸福度を上げることに結びつくということが証明されたのです。

評価軸が定まらず疲弊してゆく日本の教員たち

 日本の特に公教育の教員は、もっと本来の「教える力」で評価されるべきだと思います。

 しかし現実的にはこの「付加価値評価システム」のような教える力を評価する指標が存在しないので、結果的に「若くて綺麗な先生」とか「生徒の悩みをよく聞いてくれる先生」とか「休みの日を犠牲にしてクラブ活動に来てくれる先生」など教員の本質とは別のところでなんとなく評価されてしまっている日本の教員の現実があるように感じます。

 日本の教員はやることが多く多忙で働く現場はブラック企業のようだともよく言われています。
 
 これはひょっとしたら教員の本質でない部分で評価されることが多いから、そのことに対応すべくクラブ活動や親御さんとの対応あるいは事務作業や学校行事等々に振り回されすぎているのではないでしょうか。
 
 もちろん、生徒のため学校の為を思い情熱を傾け身を粉にして教育現場で奮闘されている姿は素晴らしいとは思いますが、あまりにも評価軸が多方面にありすぎて、教員の方たちはそのことにより疲弊してしまっているのではないかと感じています。
 
 それよりも生徒の学力を伸ばす=付加価値評価システムのような教員の本質的な部分での評価軸を定め、すべての教員の能力をそこに集中させるような仕組みが必要なのではないでしょうか。