[アドラー式]アドラーと仏陀 トラウマは過去の幻想

2020年7月17日

アドラー心理学の特徴の一つに原因論を否定するということが挙げられます。

過去の出来事や生活様式によって、現在のライフスタイルが生み出されるという考え方(フロイト=原因論)が心理学では主流です。

その人の過去の体験が現在のライフスタイルを形成しているという考え方です。

戦争体験や震災体験がトラウマとなって精神的に辛い状態に陥るということはよく聞きます。

しかし、同じような戦争体験をした人でも元気な人も居れば鬱状態になる人もいる。

原因論が正しいとするならば、戦争体験を経た人は皆同様にうつ状態にならなければおかしい。そこは個人差が存在している。

ということは、戦争体験がうつ状態を作り出したのではなく「その人自身が鬱になる目的を自分自身の中に持っているのではないか」という考え方がアドラーの「目的論」です。

過去に縛られない生き方=目的論

目的論は「過去に縛られない生き方」すなわち未来志向の生き方と言えるでしょう。

目的論には「過去の出来事やトラウマを現在の言い訳に使えない」というある意味厳しさがあります。

過去のトラウマで引きこもりになったという話はよくありますが、アドラー式で捉えると引きこもりになった人は過去の出来事のせいではなく「現在の自分の目的によって引きこもっているのだ」と捉えられます。

つまり引きこもりの原因の多くは「対人関係の中で傷つきたくない」という自己保身の目的があって引きこもっているという訳です。

後悔する生き物=人間

「過去を悔やむ」つまり後悔するという行為は人間独自のもののような気がします。

他の生物たちは、つまり犬や猫や猿たちは後悔しているようには見えません。

どちらが生物として幸せなんでしょうね。

過去の失敗を繰り返さないように、生きる知恵があるからこそ人類の進歩は実現してきたことには間違いはないと思います。

しかし反面、過去を悔やんで自死してしまう不幸な生き物であることも確かであるような気がします。(自死する生物って人間だけですよね。)

大脳の発達で不要なデータが蓄積される

大脳が発達したおかげで、様々な論理や知恵や経験を他の生物たちと桁違いの脳内メモリーに蓄積することができるようになりました。

その脳内メモリーを活用し、人類は階段を駆け上がるかのように進化を遂げてきました。

しかし、同時にその優秀な脳内メモリーには、本来生物的には必要のない情報=つまり妬み、恨み、憎しみのような負の感情をも自然に蓄積してしまいます。

古いパソコンを使っているとハードディスクやメモリーに意味のないプログラムや不要なデータが知らぬ間に蓄積され、パソコンの動作が遅くなり機能不全に陥ることがあります。

定期的にハードディスクやメモリをチェックし不要なプログラムやデータを削除していくことでパソコンの性能は保たれます。

人間の頭の中もこれと同じようなことが起きているのかもしれません。

長年生きていくといろんな知識や感情や経験を脳内のメモリーに蓄積してゆきますが、同時に自分では気づかないうちに自分には有害のゴミのようなや知識や感情や経験をも頭の中に蓄積しているのかもしれません。

そしてそのような不要なデータが溜まりすぎるとパソコンが機能不全に陥るように、人間も機能不全に陥り鬱や引きこもりや自傷行為などの行為に走ってしまうのではないでしょうか。

トラウマは存在しない=アドラー

そもそも不要なデータとはどんなものですかね?

アドラーも「すべての悩みは人間関係の悩み」と説いているように、悩みの種となる不要なデータは人間関係に関するものであることがほとんどであると思います。

過去の嫌な出来事(トラウマ)や感情ですよね。

アドラーは先に述べたようにトラウマの存在そのものを否定しています。

鬱や引きこもりや自傷行為を正当化するためにトラウマの存在を利用しているに過ぎないと断言しています。

つまり過去のトラウマなど幻想であり、あくまで現在の目的によって人は動かされているという訳です。

トラウマには反応しない=仏陀

過去の出来事に反応するな」と説いたのは仏陀でした。

 例えばトラウマの原因になるような出来事が過去にあったとして、その過去は事実として変わらない訳で問題はその過去に対して自分が反応してしまうことが問題。過去の出来事に対して後悔したり傷ついたりする自分の心の反応こそが問題なのだといいます。

喧嘩相手のことをいつまでも恨み続けるという行為は、喧嘩相手と向き合っているのではなく、喧嘩したという自分の記憶と向き合っているのだとーつまり記憶に反応して怒り続けている限り怨みは止むことはないという訳です。

アドラーも仏陀も同じことを説いている=トラウマは幻想

つまりアドラーも仏陀も過去に対してのスタンスは同じです。

過去のトラウマに対するスタンス

◎アドラー=トラウマなど存在しない
◎仏陀=トラウマに反応するな

結論:過去のトラウマなど幻想であり反応する必要は無い。

心理学者のアドラーと仏陀が過去に対して、同じようなスタンスをとっていることはとても興味深いことです。

何はともあれ、「過去の嫌な出来事など幻想であり気にするな」と過去の賢者たちは僕たちに語りかけているのです。